2017.05.18 Thursday

『K』

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    詩人であり作家でもある三木卓の著作はこれまで読んだことがなかった。

    詩ももしかすると一篇も読んだことがなかったかもしれない。

    いままでまったく縁のなかった三木卓。

    それがあることがきっかけで数年前からなんとなく意識するようにはなっていた。

    しばらくまえに家人が図書館で本を借りてきて、そのなかに三木卓の本も入っていた。

    文庫である。

    タイトルは『K』。

    Kとは亡くなった三木卓の奥さんである。

    私小説ということらしいが個人的には小説という括りでは読めなかった。

    内容は書かないが、こういう夫婦関係もあるんだなぁと思いながら読んだ。

    そしてこういうことはあまりしないのだが単行本を持っていたいと思い、古書店に注文した。

     

    K

     

    しかしそれにしてもカバーに使われたこの絵はKのイメージとはあまりにも違う。

    違うなぁ。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    2015.09.01 Tuesday

    小さな違いなのですが

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      鹿島さんの新著『アール・デコの挿絵本』をパラパラと。

      この手の本はむずかしい。
      挿絵本のたのしさは解説書では絶対に伝わらないし、展覧会でもまず無理である。
      手で書物を持ち、一ページずつ紙を繰り、そうしてはじめて伝わってくるのが挿絵本という書物の魅力である。
      鹿島さんももちろんそんなことはわかっていらっしゃるのであるが、「〜についての本」というのはどうしたってむずかしいものである。

      むずかしいのなら各々の挿絵本に負けないようなページレイアウトにしてみるとかという手もあるかとおもうが、あまり良いレイアウトとはおもえなかった。
      そう感じると「あれっ?」という部分が目についてくる。

      書名が本体と奥付で違ってる〜!


      ま、小さな違いなのですが・・・・・・







       
      2015.08.11 Tuesday

      じゃん!

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        じゃんぽ〜る西

        最近はまってしまった漫画。
        結構これがおもしろい!

        行くぞ行くぞ、また巴里へ!
        漫画を読みながらそうつぶやいていたワタクシであった。





         
        2015.07.08 Wednesday

        失われた

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          長いあいだ、私は早く寝るのだった。
          ・・・・・・
          町も庭も、私の一杯のお茶からとび出してきたのだった。


          長い間、私はまだ早い時間から床に就いた。
          ・・・・・・
          町も庭もともに、私の一杯の紅茶から出てきたのである。


          長いこと私は早めに寝(やす)むことにしていた。
          ・・・・・・
          町も庭も、私のティーカップからあらわれ出たのである。




          『失われた時を求めて』の書き出しと、あの有名な場面の最後のフレーズである。
          三者三様。
          やはり原文で読むのが一番。
          そのまえにフランス語の学習という厚いあつい壁がある。
          壁が・・・・・・







           
          2013.08.21 Wednesday

          マダム ド

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            Martyの挿絵本もある'Madame de'を読んでみた。
            もちろん翻訳であるが。
            作者のルイーズ・ド・ヴィルモランについてもはじめて知った。

            恋愛小説である。
            肩の凝らない小説である。
            ある身分以上の世界の匂いがした。
            嫌いではないが、そんなものなのかとおもうと同時に貧富の差の激しいフランスなんだな、とおもった。
            「貧富の差」が書き込まれているというわけではないが、それが書かれていないことがまさしくフランスなんだな、とおもった。

            読み終えたあとMartyの挿絵本も見てみた。
            絵柄の女性がちょっと清楚(?)過ぎるかな、ともおもったが、どうだろうか。

            2012.10.03 Wednesday

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              旧字や旧仮名を使ってきた世代ではないが、好きである。
              同じ内容のものであっても新字、略字、現代仮名遣いで書かれたものでは読み手に伝わるものがちがってくるだろう、とおもわれる。
              というより、旧字や旧仮名で書かれたものはその発想の時点で大きく異なる何かがある。

              森茉莉ではないが、てふてふがちょうちょうになると「きれいなものがきれいでなくなる」し、「優雅な動作や、優しいものの考え方」もなくなる、というのは実感として本当だろう。

              などとここで書いても「旧」の世界に世の中が変わることはまずないので、自分で進んでその「旧」の世界に触れるようにするしかない。

              それでこの一年、眠るまえ、某作家の随筆を少しずつ読むようにしている。


              2012.06.30 Saturday

              そう思って

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                悠々さんの箱を考えながら、佐和子さんの箱を考えながら、本を読む。

                すると、箱のイメージは消えて、本からのイメージが浮かぶ。

                これって、逃避!?

                本は図書館の再利用図書『兄のトランク』(宮澤清六著)である。

                宮澤賢治は好きだが、その関連の本はほとんど読んだことがなかった。
                読んでいてその語り口に惹かれた。
                力こぶが入っていない。
                普段の呼吸、生活の息遣いである。

                そんなふうに生きたい。
                そう思って本を閉じた。

                2011.05.26 Thursday

                『愛おしい骨』(キャロル・オコンネル著)

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                  あかんがな、20分の仮眠のつもりが3時間。
                  「私の青春返して!」としばし目覚ましに詰め寄る……

                  それはそうと、

                  ミステリィ小説

                  これはおもしろかった!
                  舞台設定、登場人物、語り口、ストーリー……
                  おもしろいと大抵、「自分でも書いてみたい」という欲望が湧き起こるのだが、「これは自分には絶対無理!」と読後すぐにおもった。
                  ああ、切ないねぇ。

                  2011.01.17 Monday

                  『バベットの晩餐会』

                  0

                    ここ数ヶ月のあいだに何人かの人たちの口から『バベットの晩餐会』の名が出た。
                    そのうちのひとりはいままでお付き合いのなかった分野の人である。
                    これも何かの縁かなとおもい、再読しようと本棚を探したが見当たらない。
                    ということを家人に話したら図書館から借りてきてくれた。
                    その本の作者名を見ると「イサク・ディーネセン」とある。
                    記憶では「アイザック・ディネーセン」であるが、これは同著者の別の作品である『愛と哀しみの果て』というこれまた奇妙な邦題がついてしまった映画のときに流布した奇妙な表記であったようである。

                    ふ〜んそうだったのかと、読み始めたら読んだことがないことが判明\(^o^)/
                    これはまた奇妙な記憶力である。
                    で、感想や疑問などを少々。

                    倫理的な生活と美的な生活、プロテスタントとカトリック、貴族階級とプロレタリアート、などヨーロッパ文化の二項対立が織り込まれているが、少々図式化し過ぎていやしないか。

                    バベットの性格、人となりにも違和感。
                    「わたしはすぐれた芸術家なのです」となぜ言わせなければならないのか。
                    そこまで言わせるのに、なぜ「富籤(とみくじ)」を買うのか。
                    バベットはかつてパリで天才料理人と言われ、王侯貴族にも料理を提供していたということだが、身分的にはプロレタリアート(?)だから「富籤(とみくじ)」を買うのか。
                    ならばなぜ「すぐれた芸術家が貧しくなることなどないのです」と言わせるのか。
                    バベットは矛盾を体現した人物なのか。
                    それにしては迷い、逡巡がなさ過ぎる。

                    短編にあまりにも盛り込みすぎているような気がするのだが……

                    2010.11.24 Wednesday

                    V.E.

                    0

                      なにか肩の凝らない本を読もうとおもって駅前の書店に立ち寄る。
                      題名から想像するかぎりは“肩の凝らなさそうな本”が書店にはいっぱいあったが、どれとも出会うことができなかった。
                      一冊、読んでみようかなとおもった新聞記者のエッセイがあったが、裏表紙の紹介文に“感動のエッセイ”なる文字をみつけて、それはそのまま書店の棚に戻された。

                      「さ、帰ろ」と書店を出ようとしたとき、見なかった棚から呼ぶものがある。
                      なつかしい名前をみつけて、買おうか買うまいか1秒だけ考えた。

                      V.E.

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