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2008.10.18 Saturday

『砂の器』の棘

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    ひょんなことから『砂の器』のビデオを貸してもらい、久しぶりに観ることになった。
    もちろん昔の映画の方で、画面に映し出されるおもだった俳優のほとんどはすでにあちらへ旅立たれている。
    最近では緒形拳がそのひとりである。

    設定に若干無理がないわけではないが(原作は読んでいないので分からないが)、引き込まれる映画である。
    前半はほとんど忘れていたが、後半ははっきりと憶えていた。
    父と子で村々を遍歴する姿とその映像にオーバーラップして流れる「宿命」はいま見ても(聴いても)痛い。

    そしてこの痛さこそが形を変え昭和という時代の表にそして裏に流れていたものであり、記憶をさぐると確かに僕のなかにも流れ込んでいるのである。
    少し前に『三丁目の〜』という映画が話題になったが、そこには僕の知っている昭和はひとかけらもなかった。
    昭和は『砂の器』のなかにこそあると感じた。

    そして観ていて感じたのだが、どの俳優たちもみな不器用なのである。
    そんな俳優たちからは多かれ少なかれ体臭が感じられるのである。
    これが昭和である。
    器用さからは決して生まれないものがそこにはあった。
    それこそが生きる力である、と僕はおもった。
    2017.12.13 Wednesday

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